山中城は永禄年間に後北条氏が築城し、天正17年秀吉と不仲になった際、小田原攻めに備え急遽、堀や岱崎出丸の整備、増築が行われた。

しかし増築が未完の天正18年3月、豊臣軍4万の総攻撃を受け、北条軍4千の必死の防戦むなしく半日で落城したと伝えられている。

城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 北条氏康 北条氏直
築城年 天正十五(1587)年
主な改修者

松田康長

主な城主

松田氏

遺構

曲輪、土塁、空堀(畝堀・障子堀等)、土塁、櫓台、虎口、井戸、池等

指定文化財

国史跡

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