多聞山城は永禄3年(1560年)、東に奈良坂、南東に東大寺、南に興福寺を見る大和支配の重要拠点として
松永久秀によって築城されました。四重天守があり、城塁の上に長屋状の櫓が初めて築かれた豪華な城は
その後の近世城郭に大きな影響を与えたと言われています。「多聞櫓」の名はここから広まりました。

城郭構造 平山城
天守構造 不明 推定四層
築城主 松永久秀
築城年 永禄3年(1560年)
主な改修者

不明

遺構

土塁、空堀

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